倫理法人会で倫理(=生活の法則)を学ぶようになって
変わったことはいくつもあるんだけど
よく思うようになったことがある
人と話していて
誰かに対し悩んでいたり怒っていたりする
その話を聞いてると
「それってあなたもそうじゃないですかね??」
とよく思うようになった
例えば誰かが
「〇〇さんが言うこと聞いてくれない」
「◇◇君がどうのこうのでムカつく!」
「××さんが▽▽でどうすれば・・」
と悩んでたり怒ってたり
でもよく聞くと
「それってあなたにも当てはまってるよね」
と思う
人は自分のことは意外とわからない
人を見てて「こうすればいいのに」とアドバイスできることも
自分に対しアドバイスって出来ない
それほど自分を冷静に客観視するのは難しく
何十年生きてきてこびりついた「我」が邪魔している
思考パターン(思いグセ)は簡単には変わらない
人は鏡
わかってても人のわかりやすい部分しか見てない
実はよく見ないと自分の姿に気づかない時もよくあるし
自分の状態や相手との関係性によっても
感情や受け取る側の器ができてなくて
理解したくない時もる
同じことを言われても
権威ある尊敬できる人から言われたのと
そうでない人からでは
雲泥の差がある
それもまた「我」
あなたと出会う人も
あなたのところに来る客も
あなたと同ステージの人だし
あなたを映す鏡
それを心得ておくと楽だし
自分を律していかなきゃと思える

変わったことはいくつもあるんだけど
よく思うようになったことがある
人と話していて
誰かに対し悩んでいたり怒っていたりする
その話を聞いてると
「それってあなたもそうじゃないですかね??」
とよく思うようになった
例えば誰かが
「〇〇さんが言うこと聞いてくれない」
「◇◇君がどうのこうのでムカつく!」
「××さんが▽▽でどうすれば・・」
と悩んでたり怒ってたり
でもよく聞くと
「それってあなたにも当てはまってるよね」
と思う
人は自分のことは意外とわからない
人を見てて「こうすればいいのに」とアドバイスできることも
自分に対しアドバイスって出来ない
それほど自分を冷静に客観視するのは難しく
何十年生きてきてこびりついた「我」が邪魔している
思考パターン(思いグセ)は簡単には変わらない
人は鏡
わかってても人のわかりやすい部分しか見てない
実はよく見ないと自分の姿に気づかない時もよくあるし
自分の状態や相手との関係性によっても
感情や受け取る側の器ができてなくて
理解したくない時もる
同じことを言われても
権威ある尊敬できる人から言われたのと
そうでない人からでは
雲泥の差がある
それもまた「我」
あなたと出会う人も
あなたのところに来る客も
あなたと同ステージの人だし
あなたを映す鏡
それを心得ておくと楽だし
自分を律していかなきゃと思える

